慶長遣欧使節 出帆400年 - みやぎ観光復興支援センター スタッフブログ

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慶長遣欧使節 出帆400年

伊達政宗が慶長遣欧使節を派遣する2年前の1611年、仙台藩沿岸部は慶長三陸地震の大津波に襲われました。伊達家で編纂された仙台藩史「貞山公治家記録」には、領内で「1783人溺死し、牛馬85匹溺死」と記されています。

支倉常長ら使節団が海を渡った目的のひとつは、欧州との通商を成功させ、仙台藩を震災被害から復興させるためだったという説があります。このとき政宗45歳。徳川幕府が鎖国への道を歩もうとする中、政宗だけは被災地復興のため外交を優先しようと考えたのかもしれません。
大型帆船サン・ファン・バウティスタ号には仙台藩の藩士のほか、スペイン人40人と江戸幕府から10人、全国から集まった商人たちなど、総勢180人余りが乗り込みました。


使節出帆400年を迎えることし、仙台市博物館が所蔵する「慶長遣欧使節関係資料」のうち、ローマ市公民権証書、支倉常長像、ローマ教皇パウロ五世像が、ユネスコの世界記憶遺産に登録されました。武士道や宗教観など、常長らが何度も大きな障害にぶち当たった末の功績。日本とヨーロッパが文化的に交流した証です。

この記念の年に、常長にゆかりのある仙台市、石巻市、川崎町、大郷町などを訪ねてみませんか。記念イベントもたくさん開催されます。
政宗が寄せた大きな期待と、常長の強く揺るぎない信念を、どこかで感じとれるかもしれません。


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(お)
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