岩手研修旅行記(後編) - みやぎ観光復興支援センター スタッフブログ

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岩手研修旅行記(後編)

さて、岩手研修旅行二日目は、遠野を通り沿岸の釜石、大槌へ向けて90キロの移動です。
朝8時に出発して遠野を通るころ、周辺は靄(もや)につつまれていました。

このあたりは雲海に覆われることが多い“雲海の聖地”なのだそう。
柳田國男の代表作遠野物語を思い出す、民話の世界にいるような雰囲気。

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立ち寄った道の駅「遠野風の丘」では、この地方の野菜や加工品の豊富さに驚きました。

きれいな生の赤トウガラシ、長い長いにんじん、ごろっと大きな赤カブ…
奥にある長いにんじん たくさんの旅行客の皆さんが寄って来て写真を撮っていました

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かぼちゃの種類もたくさん

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南部いちろう!?

ふだん目にしない野菜ばかりでおもしろくて写真をたくさん撮っていたら、野菜を売っていたおじさんにお声をかけられました。

「…どうして写真を撮っているんですか?」(心底不思議そうです。)
「見たことのないような野菜ばかりでおもしろくて。このあたりでは普通なんですか?」
「普通ですよ。…そんなにめずらしいですか?」
「地元のスーパーでは目にしないので、めずらしいと思いまして…。」
(だって“南部いちろう”ですよ!)

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おじさんは、なぜ私が写真撮ってるのかまだ不思議そうでしたが、“気候風土が異なれば農作物も異なる”事を頭では理解しつつ、隣県でこれだけ異なる野菜が生産されていることに日本の食文化の多様さを見た思いでした。

量も多い上にお値打ちで、どんなにお買いものをしたかったことか!
自家用車で来たのであれば、間違いなくお買いものをしていました。

隣県でも異なるのは加工品も。

クルミと小豆のお餅
2種類の餡がかかっているものを日本では初めて見ました!

ガイドさん曰く、このあたりでもこういうスタイルはあまり見ない、と。
これは生産者さんのオリジナルかもしれないですね。


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そして、特筆すべきは豆ぎんとん

こちらは、ガイドさんいわく「よく見つけて下さった!!」というもの。
運転手さんも「いいもの見つけた!!」とわざわざ寄って来て言って下さいました

豆、砂糖、きなこ、餅粉、クルミ、ごまから成る餅状のものですが、どうやら豆銀糖(まめぎんとう)と呼ばれる岩手名産のお菓子と同様のもので、お国言葉で“豆ぎんとん”と記されていたようです。
中に入る穀物は、作り手により様々な種類のものが入るらしく、昔ながらのおやつといった風情。
雑穀生産量が日本一の県、ということに納得です。

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一方、遠野市は沿岸自治体に隣接しており、震災では後方支援活動の拠点となった所。
震災発生の翌朝、4時50分には消防職員が現地に向かったそうです。
現在でも支援は継続しており、仮設住宅も建設されています。

そうして、今回の滞在で個人的に最も“行かなければ”と思っていたところ、沿岸部に向けて出発です。

遠野を発ち、幾つかの山を越えてしばらくすると、周辺の景色が山間から開けたようになってきました。
しばらくバスは走り、ついに釜石に到着です。

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近代製鉄発祥の地。
現存する日本最古の洋式高炉跡があり世界遺産登録の候補にあがっています。

これから周る釜石と大槌では被災状況の視察をするということで、駅前から釜石観光ボランティアガイド会の語り部ガイドさんがバスに乗り込み案内をして下さいました。

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釜石の中心部を周り、鵜住居地区を通り大槌町役場まで。

それそれが自分の判断で避難し生き抜いた釜石の子ども達のことを、御存じの方も多いかもしれません。
防災教育の徹底が、“想定外”の状況下で機能したということをあらためて考えさせられます。

一方、鵜住居防災センターでは…最近の調査によると避難してきた方のうち218名の犠牲者を出し、助かった方は僅か26名だったといいます。
こちらでは、被災して骨組みがむき出しになった建物の中に入り、ガイドさんが案内をして下さいました。
冷たい雨が降る中、建物の中にも同様に雨水が溜まっており、ゆっくりと水たまりを避けて奥へ進んでいくと献花台が設けられていました。
二階に登ると、二階の天井近くまで津波が来たと。
津波から逃れるためと思われる手の跡が天井についている、とのガイドさんの言葉に、居合わせた修学旅行で訪れた高校生たちが聞き入っていました。

大槌町役場では、町長と多くの職員の方々が役場前で対策会議を行っていた最中、襲来した津波の犠牲に…。

言葉になりません。

辛い記憶をたどって淡々と話し続けるガイドさんの言葉には“教訓にしてほしいんだ、辛いことを経験してほしくないんだ”という切実な思いが込められていたように思います。

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釜石の中心部に戻りガイドさんと別れてから、仮設商店街「はまゆり飲食店街」で昼食。
その後は新鮮な魚介が揃う市場「サンフィッシュ釜石」に。
聞き慣れない浜言葉を話す漁師さんが、にぎやかに酒を酌み交わす横でお食事をしたり、鮮魚店では新巻鮭を売るご夫婦から「大きすぎて新巻鮭は持って帰れない!」という私におすすめの魚を教えてくれたり…みなさんの活力にふれ、もっとここにいたい!という気持ちになりました。
特に漁師さんの輪の中に入って一緒にお酒を飲みたかったです

そうして、最後に向かったのが釜石港を見守るように立つ釜石大観音。

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遠野で頂いたカッパの傘 カッさくんがちょっと壮観

湾を一望できるこの場所で震災で大破した防波堤を見ながら、防波堤の果たした役割について話をして頂きました。
津波の高さが低減されたこと、到達時間を6分遅らせることができたこと。

静かな海を見るたびに、あの時荒げた波が迫り来たことが信じられない気持ちになります。

すべての行程を終了し、あとは帰路につくのみ。

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新花巻駅への帰路、ガイドさんが宮沢 賢治の「雨ニモマケズ」を朗読して下さいました。

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ…

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現在、震災から1年10か月を迎えようとしていますが、宮城を含めた被災地全体の問題として取り組まなければならない課題を、あらためて目の当たりにした岩手への研修旅行でした。

その中には“現地に行かなければわからない”ということを実感させられた事実があり、その地の人から話を聞いたり交流すること、その地の文化やものに触れること、それがいかに大切かを感じた滞在でもありました。

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そして、それぞれの土地には、それぞれの宝がある、ということを実感しました。
これからは、長く地域で愛されてきたものに、もっともっと光を当て伝えていくこと、が大切ではないかと。
来年は、どんな年にしていかなければならないでしょう?

今回の旅行にご協力くださった方へ、あらためて感謝を申し上げたいと思います。

(しうらむ)



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